2005年12月17日

メシアの処方箋:彼は人類の成長を信じる。けど、彼自身はあまり成長しなかった

SF作家機本伸司の第二作。ヒマラヤで発見された方舟の中にあった、蓮華模様の木簡。それは五千年前の文明が残した人間とほとんど同じDNAを持つ「救世主」のゲノムだった、というストーリ。だから題名が「メシアの処方箋」である。主人公は、そのゲノム地図を元にした子供を作り上げ、救世主を生み出そうというプロジェクトに巻き込まれることになる。

プロジェクトといっても大規模なやつではなく、ロータスという奇人と北川という倫理観のまったくないバイオエンジニアーと逆にまじめすぎる上杉と代理母くらいしかいない小さなグループで、そういった「なにかに向かって突き進む若者の集団」をめぐる物語になる。最後は前作「神様のパズル」と似たように、その「救世主」をめぐる妄想に実現性のありそうなオチをつけるのだが、正直、あまり面白くなかった。

救世主と救いをめぐる物語のくせに人物の深みがあまりない。そういう場合はキャラを立たせて萌えに逃げるとか、倫理などの面は無視するかにしたらいい。しかし機本はそういう器用なことをしなかった。前作ではちょっとかわいいイラストを表紙に載せて、萌え系のキャラのパターンを踏襲したらそういうことができると思っていたらしいが、今度はそうこともなかった。前半は女の影まったくなし、後半のヒロインは風俗で勤めていた経験ありだった。

正直、機本にはキャラをどうこうできなかったのかもしれない。でも、最低限の成長はあったと思われる。処女作の「神様のパズル」のクライマックスでは、一応最低限の説明はあったものの専門的で非日常的な風景・思考が出てきて、素人としてはリズムが悪くなって読みにくかった。しかし今度はそういうことはあまりなく、ちゃんと普通の読者にもわかるような篭城の攻防戦があった。なんとなくベルナール・ウェルベルの「」を思い出す。

まだ3作目の「僕たちの終末」を読んでないけど、機本は、われわれの現在の世界に近い世界で、一見実現不可能に見える旧来のSF的コンセプト(ガゼットではない)を、なんとか力技で辻褄(ディテール)をあわせながら成り立たせる思考実験をそのまま小説風にしているようだ。無論、「神様のパズル」みたいな理論物理学がテーマならべつにいいのだけれど、今度みたいにちゃんと人間を作りこむ必要がある作品ではむしろ弱点になりえるかもしれない。救いというものは、宇宙の作り方(「神様のパズル」の題材)と違って、もっと感情的で、切実で、文学的(な深みが必要な)題材なのだから。


ひとつだけ気になったことがある。こういう「救ってくれよ」と他人に強くすがる(情けなさMAX!の)登場人物は、エヴァンゲリオンのシンジから始まったのかな?ロータスの演説を読みながらなんとなくシンジのことを思い出した。著者の名前がキモト・シンジだからかもしれないが…。


Further Reading:
1.「神様のパズル」:これは読むべし。キャラクターが安っぽくても読むべし。SF読みなら読むべし。
2.「空の思想史−原始仏教から日本近代へ」:名前のとおり、「空」という思想の来歴を明かす本
posted by 白紙状態 at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Mutter in the Reading Room | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/10755031

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。