2006年01月09日

ハリウッド・サーティフィケイト:スピンオフしてしまだだ。

島田荘司の忠実な読者でも、レオナ・マツザキというキャラが好きという人は少ないと思われる。最初は松崎レオナとして登場し、後に世界的なハリウッド女優になる彼女は、本書において大きな変化を迎える。それまではあくまでもシリーズの名探偵である御手洗潔に助けを求め、御手洗潔の天才性を際立たせる道具に過ぎなかった彼女は、本書において、自分の才覚を最大限に発揮し、ハードボイルド探偵として生まれ変わったのだ。だけど、やはり私はレオナ・マツザキという人物が好きではない。その性格が好きではない、その役割が好きではない、その外見はどうでもいい。彼女の性格が、役割が、スペックが、すべてが安っぽいし、本書及び最近の御手洗潔のシリーズは安っぽすぎるのだ。

2001年の作家デビュー20周年を迎えた島田は、「ロシア幽霊軍艦事件」と「ハリウッド・サーティフィケイト」の二冊を上梓する。その前年の「魔神の遊戯 」とその次の年の「ネジ式ザゼツキー」あたりはいずれも御手洗シリーズ(とその外伝)で、似たようなネタを使いまわしている。四つとも「脳」と「認識」の関係をめぐった錯誤のものがたりだし、御手洗の登場は少なく、作者の脳医学のお勉強の成果と作劇の一定のパターン(島田荘司の本格ミステリー論)を繰り返している。これが可能で、これが許されるということは作家として上がりの段階であるということかもしれない。

島田荘司作品の探偵役は四人ほどいる。一人目は御手洗潔、二人目は吉敷、三人目は隈XXX(なんだっけ?)、で、四人目がこのレオナ・マツザキ。「「ハリウッド・サーティフィケイト」と来るべき続編において彼女はクールで、セクシーで、時々バイオレントなハードボイルドビューティなディテクティブを演じることになる。だけどその変化が安っぽい。いくら御手洗の動かし方がわからなくて悩んでたとしてもレオナ・マツザキをこんな風に「変態」で、「過激」で、「暴力的」なやつにしたてあげて、続編のにおいをプンプンさせて、御手洗・吉敷以外の探偵役を作り上げたいのかといいたい。「ケルト」、「ES細胞」、「子宮」、「ハリウッド」、「ポルノ」、「快楽殺人者」などといたトレンディでセンセーショナルなタームをオーヴァードーズしているような作品なんて要らない。といってはみるものの、単発のピースとしては面白いので買うことになる。これは面白い。極めて面白い。御手洗潔が説明役としてしかでないのに面白い。嫌いだけど一定の面白さは認める。だけどどこにもいけない堂々巡りの作品群のおもしろさなんて島田荘司は、「占星術殺人事件」や「斜め屋敷の犯罪」などで見せて奇抜さをなくしてしまった。「ネジ式ザゼツキー」なんかもほかの作家が書いたのなら傑作的な出来だとは思うけど、いつもの島田印の脳作品という面がどうもこびりついて離れない。

で、こんな「できのいい凡作」しか作れない島田のことを「これはいま最新の話題で盛り上げているだけで、20年後に評価されるのか?」などという人もいるけど、残念ながら島田はもう名を残して「あがり」の作家なので、こんな「できのいい凡作」を続けてポジショニングを続けていくのだろう。残念ながら。

私的には90年代の迷走よりも開き直った今の島田がいいと思っている。でも、6歳の御手洗とか20歳の御手洗@コロンビアの助教授とかを見たくて島田の本を読んでいるんじゃないって気が付いてほしい。(つーか、実生活で悪魔みたいに頭がいい人たちがどんだけふつうに暮らしているかしっている私としては、島田作品みたいに「天才であることがなにか特別であるかのような」いいかたってあまり興味ないんだよね。べつに御手洗が占星術師でもこまらないわけで…ただ脳科学ネタがやりたいために、実は御手洗って科学も音楽もできるチョー天才でーす、とかいわれてもしらけるだけだし。


参考文献:この文章に登場する島田荘司作品全部
posted by 白紙状態 at 15:40| ソウル | Comment(0) | TrackBack(0) | Mutter in the Reading Room | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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