2006年03月04日

「海をわたる蝶」:童の頃の私はただの童で、今と変わりなくって、すごいもののすごさを知らず…

子供頃、大阪の東住吉区に住んでいた。後にサッカーの長居スタジアムが建てられる長居公園のすぐ前で、当時住んでいた10階建てのアパートの一番上の階から、決して小さくない長居公園の全景が鳥瞰できたことを覚えている。その長居公園には、植物園と自然史博物館があって、私は時々、夏休みなどは、一週間に一回ほど出かけたりした。

大学の頃生物学を専攻した私の母が、自然史博物館の巨大な蝶のコレクションを眺めながら驚嘆したりした。その頃は、まだ私の国には本格的な自然史博物館がなかったから、母には余計、印象的だったはずだ。無論、私は蝶よりは恐竜に興味があったし、大体生物学や博物学に興味はまったくなく、花の名前もろくに覚えられないやつだったので、ただ色とりどりの珍しい植物やややこしい名前をした滅びた種の標本を眺めながら、時間の過ぎ行くのに従順すぎるほど順応していた。

その自然史博物館の蝶のコレクションに深くかかわっていたのが、本書「海をわたる蝶」の著者である日浦勇だった。彼は自然史博物館が長居に移転する時の学芸員であり、蝶の研究者でもあった。本書はそんな彼のフィールドワークを元に、蝶が海を渡り、生殖地を求める活動を手堅く整理する。そしてそれを元に、それまでの博物学とは違う第四紀(100万年前から今まで)学としての自然史を日本に打ち立てた人である。そしてその蝶のコレクションこそが自然史の普及教育に励んだ著者の、自然史観を象徴する転じである。逆に、本書はその新たに移転する博物館のディスプレーを考えるために書かれたということが解説にも書いてある。そして「博物館の展示を全面更新する予算がいつまでたってもつかないので、幸か不幸か今でもその展示を見ることができる

もしかすると、30年前に出版された本書は、もはや「歴史的な意義」というのしかない本かもしれない。だけどある人が誠実になにかに取り組んでいたことへの証明というのははっきり残ったり、彼の意図しない読まれ方=彼のディスプレーを観て育った人の戯言があったりする。

私にとって自然史博物館というものはそういうものであったのだが、実はこれは結構革命的な博物館であり、母が驚いて当たり前のある意味、身近なグレイトネスだった。そして私はそれをそれと知らず戯れに浪費しただけの童だった。そして世界全般について他人に誇れるだけの知識が無い限り、永遠に童の視線でしか世界を見れないと思うと少し悲しくなる。
posted by 白紙状態 at 01:49| ソウル | Comment(2) | TrackBack(0) | Mutter in the Reading Room | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
失礼いたします
Posted by エロ at 2008年01月25日 23:18
押し後残します
Posted by 人妻 at 2008年01月26日 15:37
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