2005年11月13日

緋色の研究:The Understanding of Six Napoleonics in A Study in Scarlet

1.The Great Game
一年半ほど前のことだろうか、英文学の授業でヴィクトリア朝文学としてシャーロック・ホームズを一ヶ月くらい丁寧に読む下したことがあった。The Adventures of Sherlock Holmesの初版本に頬擦りできたことが一番の収穫だとおもうのだが、あえてもうひとつの成果を挙げるとするならば、シャーロック・ホームズとワトソン博士の友情がいかにして作り上げられ、そしてどういう小説内効用を持ち、いかにして反復と模倣の対象となったのかについて思う存分に考え、書き散らかすことができた。まったくといっていいほど典型的なオタク的情熱をもって私は聖典(アーサー・コナン・ドイルによるシャーロック・ホームズ登場作品の通称)を読んでは読み返し、撫でては撫で返し、捲っては捲りなおした。そのときの私は、The Book(正典)を片手に握り、もう片方の手でアイリーン・アドラー萌えを果てしなく書き綴りながら、ただただIt's Elementary, My dear Watsonを口ずさむ清く正しいオタクであり、その精神の純粋さはいかなる悪にも侵犯されることなき清さを保つことを苦としなかった。

聖典、すなわちシャーロック・ホームズの登場する60の物語(長編4、短編56)は、あくまでもリアルのできごとにちょっとばかしの脚色をしたものであるという立場をとり、日々大筋や細部や設定や時代背景について訓詁的なアプローチで論じる一派をSherlockian、その学問をSherlokianaという。学問といっても学校では教えてくれない(という建前になっている)し、SherlockianのコミュニティでもThe Grand Game(偉大なる遊戯)という言葉を使い、遊戯性を際立たせ立場をわきまえている。だから別に現実とフィクションを混同するキ印の集まりではない。

わたしも時々、そういった視点を玩ぶことがある。この文章は、そういった遊びの延長戦だとおもっていただきたい。もともとはもっとまじめな文章を書こうとしたのだが、先日6セット目のシャーロック・ホームズ全集を買ったもので、新しい全集の注釈を眺めていると従来浮かばなかった(ごくホームズオタク的な感覚において)面白いアイデアに思い当たったので、こうやって注釈の注釈的な位置を持つ文章をしたためることにした。

あえて題名を付けるのなら、「あるいは緋色の研究における六つのナポレオン(誇大妄想患者)的想像」とでも…。




2."I keep a bull pup": Watson, what a liar
ホームズ物語における不思議のひとつに「ブルドッグ」の問題というのがある。シャーロック・ホームズは安い引越し先を探しているジョン・H・ワトソン医学博士を紹介され、自分とルームメイトにならないかと尋ねる。ホームズはもうベーカー街にある下宿に目をつけていたし、当時ワトソンも割安な新しい住居を探していたので、(物語的要請もあり)彼らの交渉は、実務的というよりもキャラクターの性格を提示すことに終始する。その中でホームズは自分はタバコも吸うし、気難しいところも歩けど、大丈夫かと聞く。それに答えて、ワトソンは自分もブルドッグの子犬を飼っているので、面倒をかけることになる、だからお互いそういう悪癖を気にすることはない、と答える。しかしながら、ワトソンのブルドッグはその後一回も登場することはない。

無論、下宿で犬を飼う事を禁じられたかもしれない、しかしながらChapter7.においてジョン・H・ワトソンは以前請け負ったハドソン夫人の犬の安楽死を実行する。すなわち犬がいてはいけない家ではなさそうだ。下宿に移る前に、それか移った直後にブルドッグが死んでしまったかもしれない。しかし私はそのどちらにも賛成しない。では、ワトソン博士のブルドッグは何処へ行ったのだろうか?私の仮説は、「ワトソン博士はもともと軽度の虚言癖があるということだ。彼は漠然とした必要性に応じて小さなうそをつくタイプだ、ということだ。彼にブルドッグなどいなかったし、大体アフガニスタン帰りで、退役後長い間ホテル暮らしをしていた元軍人がブルドッグを飼っていたということ自体が不自然だ。だから私はワトソンがありもしないブルドッグの存在をでっち上げたと思う。

ブルドッグの存在をでっちあげる理由など無数にある。ワトソンは厳密な論理の上に築かれるべきである探偵小説の記述者としてはとても適したとはいえない健忘の習慣を持っていた。「The Valley of Fear(恐怖の谷)」においてジェームス・モリアティ教授の名をちゃんと聞いたワトソンがその後の、「The Final Problem(最後の事件)」においてモリアティ教授の名を忘れていたことや、各種の事件において日時の辻褄が合わないことが多いことなどがその証拠してあげられる。無論、ワトソンが自分の身元を隠し通すためにそういった不自然な表現を使うという仮説もあるが、やはり私はワトソンはただの健忘だという説を支持したい。大体、ワトソンは(作中の)自分の名前すら忘れてしまって、ジョンとジェームスを使い分けるようなどうしょうもない、忘れん坊なのだ。(無論、John H. WatsonのHがジェームスのスコットランド風発音のHamish頭文字だという説が一番強いが、一体、ワトソンかワトソン夫人がいつスコットランド人になったのか誰も教えてくれない)

無論、私たちはホームズ物語がワトソンによって整理され書かれたストーリであり、その間、ワトソンに不利なことや彼が必要でないと思ったことが削除およびに省略をしていたことは十分ありえる。だから、こういう考え方をすることも出来る。もともと、毒薬を飲まされたのはハドソン夫人の犬ではなく、ワトソンのブルドッグなのかもしれない、という疑問が浮かぶ。自分の愛犬を殺した(安楽死の形をとったにしろ)ことを引きずって、フィクションを書き記すときに脚色したと考えてもいい。だけど私にはそれもおかしいと思える。だって、そんなにいやなら最初からブルドッグのことなんて書かなければいいのだ。別に日記をそのまま出版したわけでもなく、リアリティショーをやっているわけでもなく、事件が終わったあと、十分な時間をおいて、書き綴るというワトソンの書き方のスタイルからしてみれば、ブルドッグのことを書かなければいけない理由などない。

だから私は、ワトソンにはもともとある種の虚言癖があったと思うのだ。ワトソンは退役した後、ダウンタウンのストランド街の高級ホテルに長期滞在し、自分の収入以上の暮らしをしていた。彼には身内など一人もいなかったので、財政が破綻しかけたとき、やっと下宿探しを始めた。そこで出会ったのが、ホームズで、実はワトソンには安い下宿をなるべく早く見つける必要性があった。そしてホームズは若干奇人ではあるが、今すぐ入居可能な下宿を確保していた。実際、その次の日から二人は下宿を始める。だから実は、ワトソンには小さな嘘をついてでもホームズの機嫌をとって、早く下宿を見つけることに強いインセンティブがあった。だからホームズが、自分はこんなこんな悪癖があるけど大丈夫か、と聞いたとき、ワトソンは自分にも悪癖はあるので、気にしないで早く下宿に引っ越そうということを言う必要があったのだ。だから話の成り行き上、誰も傷つくことのない小さな嘘をひとつ、ワトソンはついた。


3. Sherlock Holmes-his limits #1
Howard Haycraftは推理小説評論の古典である「Murder for Pleasure(娯楽としての殺人)」で、民主主義の発展した国々でだけ推理小説は大衆に支持される、という仮説を打ち立てる。実際、罪を犯したものはそれが誰であろうと法の前で公平に裁かれるべきであるという民主主義者(この場合は、19世紀的Liberal Democrats)の登場が推理小説の登場と重なることは決して不思議なことではない。そしてその民主主義的な精神は、科学の精神にバックアップされていて、各種の人文学も科学的(反証可能性を持つ)方法論において再編されようとしていた時代だった。そして最初から科学的方法論、すなわち観察と分析の重要性を繰り返していう探偵シャーロック・ホームズおよびその後継者たちはまさしく科学と民主主義という新しき時代の申し子だったのだ。だから私たちがシャーロック・ホームズをかの時代の自由主義者であり、民主主義者であったと推論してもおかしくはない。なぜなら彼こそがヴィクトリア朝イギリスの自由民主主義者のシンボル的存在だからだ。

さて、なぜ私がこういう無茶な論をたてかというと、この文章がナポレオン的な誇大妄想を目指しているからでもあるが、もうひとつの理由は、ワトソンによって作られた「Sherlock Holmes-his limits(シャーロック・ホームズの限界)」という図表の間違いを立証する考えを見つけることが出来たからだ。「Sherlock Holmes-his limits」においてワトソンは、彼の新しい同居人をいろいろ観察してみたところ、「文学、哲学、天文学の知識なし…などなど」という結論をだす。しかしながらオックスフォードかケンブリッジのどちらかを出たといわれているシャーロック・ホームズが文学と哲学の知識に欠けるはずがない。当時のオックスフォードもケンブリッジも文学と哲学の素養なしで卒業することなど無理なカリキュラムを持っていた。日本語の本では、「インド植民地官僚」(本田毅彦)という本でそこらへんのことがうまく書かれている(48ページ)と思うのだが、「古典学」こそが当時のオックスブリッジ(Oxford+Cambridge)の花形科目であり、それを無視して卒業するのは至難の業だった。(これについて言及する人がいなかったので、自分でも自信がなくなるのだが、たしかそうだったはずだ)シャーロック・ホームズは「The Adventure of Three Students(三人の学生)」の冒頭において、ケンブリッジ(と思われる学校)に数週間滞在しながら、Early English charterの研究をしていた。いくらアマチュアでも、人文学の教養がない人物にどうして初期イギリスの憲章の研究ができるだろうか。そして「The Adventure of Three Students」には、(たぶん特定の専攻とは関係ないと思われる)奨学金を受け取るための試験の科目としてギリシア語がでる。これは必需科目であり、このことからもギリシア語を含める古典学の当時のオックスブリッジにおける重要性を理解することは出来るだろう。

新しく同居人になったホームズのことをよく知ろうとワトソンはいろんなことについてホームズに聞く。ワトソンがThomas Carlyleの文章を引用したとき、ホームズはCarlyleが誰かと無邪気に聞いたとワトソンは書き、おそらくそれがワトソンをしてホームズの文学の知識が足りないと思わせた理由だろう。たしかにCarlyleは19世紀のイギリスに住む常識的な中流階級ならほとんどの人がその名を知っていただろう有名な作家である。新聞を切り抜いて人名カードを作っていたホームズが彼の名を知らないということは、Moriatyの名前を忘れていたワトソンよりも健忘が激しいのではないのか疑われても仕方がない。Carlyleといえば友人のCharles Dickensと同じくらい有名だった人だ。だから多くのSherlockianたちがこの問題について悩み、ある人たちは「この物語の背景となる1881年はCarlyleが死んだ年で、ホームズは彼の死を悲しんであえて知らぬふりをした」などといった仮説を立てる。しかし私が思うに、ホームズはCarlyleが大嫌いだったのだ。Carlyleという人間を心の底から嫌っていたと私は思う。

若田部昌澄の「経済学者たちの闘い」は、経済史上のマイナーな人物たちと現在の日本の状況をうまく組み合わせた名著だが、その中でCarlyleについてのくだりがある。Carlyleこそが経済学を「陰鬱な科学(Dismal Science)」とよんだ最初の人物だということだが、その理由がなんともいえないのだ。若田部の本によると彼が経済学を人間味のない陰鬱なもの呼ばわりした理由は、経済学者たちが理性だけで行動する経済的人間なるものを想定し、奴隷制度に反対し、既存の「正しい階級秩序を前提とせず、市場の需要と供給によってものごとが決まるという経済学の原理そのものを彼が「陰鬱」とみなしていたからだった」(151ページ)という。Carlyleこそが奴隷制度支持の代表的な人物であり、経済学に代表される平等主義的で科学的な思考を退けようと努力し続けた人物だったのだ。実際、経済学者で自由主義者だったJohn Stuart Millは、Carlyleに反対した。だからこそ自由主義と民主主義の象徴のようなホームズは彼を嫌い、彼の名前を知っていることすら否定したがっていた。無論、後の彼ならばワトソン相手にそんな野暮なまねはしなかったのかもしれない。だけど彼らが知り合って間もないころのことだったのだ。

大体、Chapter5でダーウィンを引用したように、彼は同時代人たちをよく知っているのだ。


4. Sherlock Holmes-his limits #2
続いて、彼の「天文学」の知識を見てみよう。文学・哲学とは違い、ホームズが自然科学を知らなったといっても私は驚かない。ただ、「緋色の研究」においてワトソンがそれまでは天動説を信じていて、地動説を知らなかったホームズにそのことを教えてあげたとき、ホームズは忘れたいといった。その理由を尋ねるワトソンにホームズは人間の頭の中は引き出しのようになっていて、不要なものはちゃんと取り除いてやらないと記憶力がパンクするという旨のことを言っている。しかし残念ながら彼は自分の言ったことすら忘れてしまうかわいそうなやつだったのだ。

「The Adventure of Bruce-Partington Plans」においてホームズは兄のMycroftの訪問を星たちの動きに擬える。「Greek Interpreter」では、日蝕のときの傾斜について語る。無論、日蝕の傾斜について語れる人が地動説およびに天文学の基礎知識を知らなかったとは信じられない。無論、彼自身がワトソンに言ったことを覚えていて、ワトソンが本に書いたことを覚えていたら、事件解決に関係のない上記二つの会話でヘボなことをするわけがない。だけど彼は自分で言ったことも忘れてたので自分の「天文学に無知」なキャラクター設定を忘れて、つい口を滑らせてしまったのである。

だから私たちは二つのことを知ることになる。ホームズは別に自分で言ったこと(必要ないのはすべて忘れることができる)が全部できる超人ではないこと、そしてホームズは案外面白いやつかもしれない、ということだ。無論、ホームズがワトソンと出会う前の話である「The Mugrave Ritual」で、「天文学者たちのいう個人的差異」という表現を使う、けどこれも実はホームズがワトソンに昔の事件を語るという体制をとってるから、ホームズが昔から天文学に通じていたということにはならない。残念、だけどホームズが忘れん坊であることの証明にはなる。なんといってもワトソン相手に天文学の知識を開かしているのはいくらなんでもダメだろう。過たぬものなどこの世にはいないということで、勘弁してあげるつもりですけどね。



5. Whether the "Study" means "Study" or "Study"
A Study of Scarletの日本語版の題名には大きくいって二つの派閥がある、らしい。「緋色の研究」派と、「緋色の習作」派の二つ。私は無論、「書斎」派なのだが、自説の説得力のなさは知っているので、あえて上記の二つから選ぶとすれば「研究」のほうを選ぶと思う、というか、「A Study of Scarlet」がなぜ「緋色の習作」になるのかが理解できない。両方の題名に「緋色」は共通していて、これは「Scarlet」の訳語なのだが、問題になるのは「Study」のほうである。これを「研究」と解釈するか「習作」と解釈するかで違いが出るのだが、だったら、なぜこの作品が「緋色の」Studyという題名を持つことになったのか考えてみよう。最後の章においてホームズは、事件解決の功をすべて警察のものとする新聞記事を読んだ後に、「That's the result of all our Study in Scarlet」(これこそが私たちの緋色の研究・習作」の結果です)という。これだけでは、ホームズ・ワトソン組の初めての冒険を習作と呼んでいると解釈することが出来る。そして「I might not have gone but for you, and so have missed the finest study I ever came across: a study in scarlet, eh? Why shouldn't we use a little art jargon.」というくだりの「art jargon」を美術用語といい「習作」派は自説を強調するが、しかしながらart jargonならちょっと芸術っぽい言葉使いと解釈してもおかしくはない。むしろ、finest studyをmissしたかもしれないという表現のほうが重要なのだ。チャンスを逃して研究をすることが出来なかったことをmissというのはわかるが、美術的な習作をmissするというのは感覚的におかしい。(私だってNativeではないけどね…)ホームズが科学的探偵法なるものを著したことを物語の序盤で提示されたので、習作よりも研究のほうが近いのではないだろうか、と私は思う。ちなみに「緋色(朱の)エチュード」という説もあるが、エチュードならStudyなどと書かずに素直にエチュードと書くのが普通です。


6。ワトソンはいつ亡くなったのか
ワトソンは間違いをいっぱい犯した。彼は数人もの嫁を娶ったか、もしくは彼女らのうちの数人の名前をちゃんと覚えていなかった。いつも日にちについて間違った記録をした。科学的な推理の真髄を見せることよりも、些細か興味本位の事件ばかり書いてホームズにしかられたりした。しかし、彼はいいやつだった。だから私は、こう思うことにした。アーサー・コナン・ドイルは、ジョン・H・ワトソン医学博士の死を無視した。ワトソンは序盤に死んでいるのに、文芸エージェントのアーサー・コナン・ドイルはその死をなかったことのようにして、自分でホームズ物語を書くことになった、と。多分、アフガニスタンでの負傷のせいでワトソンは死んでしまったのだろう、それがいつかはわからないが、「The Final Problem(最後の事件)」の前後だったのかもしれない。だから「最後の事件」はホームズの死として書かれているけど、実際はワトソンの死で、もしかしたらホームズもそのごろから失踪していたかもしれない。実際、「空白の3年間」を経て「The Adventure of The Empty House(空家の冒険)」で復活した後のホームズは以前とかなり変わった人物として描写されているので、実はMoriaty教授がホームズに成りすましているという説まであるのだ。だけど渡しは、「The Final Problem」が書かれる前にワトソンが死んで、ドイルは自分でホームズの記録役になろうとするがホームズはそれを拒否し、引退したか肖像権を主張し、ドイルの野望を一端砕かした。だけどホームズは海外へ長期間の旅に出て、ドイルは勝手に「The Final Problem」を発表し、ホームズを死んだものとする。だけど旅行から帰ってきたホームズは、実在の自分が生きているのに人々は自分が死んだと思い込んでいることに驚き、自分が生き返った物語を書くのに協力する、といったふざけた妄想をするのがSherlockianなんだろう。

「If there is any thing pleasant in life, it is doing what we aren't menat to do. If there is anything pleasant in criticism , it is finding out what we aren't meant to find out」(人生に楽しみなるものがあるのなら、予測しなかったことをするということだろう。もし批評というものに楽しみが存在するのなら、たぶん誰も妄想できなかったことを思い付くことくらいだろう)とかの高名なSherlockianであるKnox神父も言っている。私はそういったなんでも自由にできるLegoみたいな稚気あふれる自由さがすきなのだ。GNUの精神よりも、アメリカ憲法修正2条の精神よりも、多分私の打ち出すことのできるいかなるテーゼ(行動綱領)よりも。そして輝かしいときを知らず、僕は黙ることすら覚えることなく、ただ過ぎ行く奇跡を逃し、立ち尽くし、玩ぶ。
posted by 白紙状態 at 11:48| Comment(3) | TrackBack(0) | Mutter in the Reading Room | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最近、更新していなくってすみません^^:
少し、学業が忙しいんですよ。

さて、拝読いたしました。「ブルを買う」という問題は、ホームズが撃ち殺したとか色々な学説(?)がありますが、
緋色の研究でハドソンさんが犬を買ってるところを見ると、そうかもしれませんね。
しかしブルを買うというのは癇癪持ちだっていう誤訳説が無難なような気がします。
もっともsherlockian的な研究より、ヘイクラフトのような研究や推理小説史の方が興味深いですけどね。
リアルタイムでなお学術的な議論がなされているサイトは
「THE HOUND ON INTERNET」(http://6629.teacup.com/masarus/bbs)です。
では
Posted by じーじょ(有沢) at 2005年11月20日 11:42
コメントどうもありがとうございます。

私もSherlockianな研究も好きですが、最近は、笠井潔あたりの、「それって深読みしすぎじゃないのか」と突っ込みたくなる推理小説史のほうが好きだったりします。結局、楽しく、深く読んだもの勝ちというのが私の信条らしく…
Posted by 白紙状態 at 2005年11月20日 13:57
僕は評論するんなら真面目な推理小説の発達史ですね。
どういう事情で社会派が台頭したのか、なぜ推理小説が発生したのか?などです。
そういえば、創元社にはミステリの評論部門もありますよね。
審査員は笠井潔と法月綸太郎だとか。
評論より実作に興味がありますから、そっちは全く無知ですが・・・。
では
Posted by じーじょ(有沢) at 2005年11月26日 21:11
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