2005年11月24日

Courrier Japon:読んでもいない雑誌にケチをつけるのは果たして許されるべきか否かの問題はこの文章では述べられていない

「この雑誌は、売れるのだろうか」

クーリエ・ジャポン。講談社から出た新しい雑誌らしい。フランスのクーリエ・インターナショナルと契約して、世界各国の1000個のメディアからニュースを配信してもらって、それを再編集して、日本語に訳し、売るらしい。現代は時間との闘い、世界化が進む時代なので、ある程度需要があると思われる。値段は480円、編集方針は編集長のブログや広告や各種レヴューから見ると大量に捌いて儲ける、方針らしい。2週に一回ほどの刊行ペース。本家が週刊なのでいったいどれほど日本語版の特称を前に出せることができるか疑問である。ひょっとすると量的に優勢な本誌の編集方針に流されすぎて、日本から見た世界という視点が欠けるのではないか、という疑問がある。

しかしながらこの挑発的で目に留まりやすい広告などの大衆向けの攻撃的姿勢は評価されるべきだろう。たしかに日本人によって書かれた日本の一部の自称社会的リーダーを狙った小部数の情報誌は、新潮社の「フォーサイト」あたりで十分だし、Foreign Affairsの日本語訳もあれはあれでいいのだが、FAは専門家によって書かれた時事論文の掲載場所であるので、大衆的とは言いがたい。9・11以降の「アメリカ批判」の流行の中で、「アメリカだけが世界じゃない」という編集方針はまことに評価されるべきであろう。個人的に興味があったので、手に入れてみたいかなーとも思ったが、どうしようかと今、迷っている。

繰り返すならば、この雑誌の目標は、「アメリカだけが世界でしょうか」という宣伝文句が現れている、多様な世界の多様な世界観を届けるというコンセプトなのだろう。それを昨今の大きなフォントとスタイリッシュな紙面と薄さを持つ、2週に一度ほどの雑誌で補うことができるのかは、非常に疑問なのだが、こういう雑誌の存在は重要だと思う。正しい統一よりも正しくない多様化のほうがマシだと思っているものとしては、これからがんばって日本の多様化に役立ってもらいたいものである。

だがひとつだけ非常に、まことに残念なことがあると雑誌の名前がフランス語であるということだ。「非米」が「フランス」だなんてジョークにもならないじゃないか。フランスの雑誌社と提携を結んだとかいっているが、それを無視して論を進めるならこの雑誌は、「ヨロズ」みたいな日本名を持つか、もっとマイナーな言語から取ってくるべきだったと思う。この文章は、「Czytelnik」というセクションに納められているが、Czytelnikとはポーランド語で「本を読む人」という意味らしい。商業メディアに思い切って、こんなおふざけをしろというのはきついのだが、しかしながら私が思うに、そういった積極的な姿勢もそう悪くはないと思われる。

「編集」需要というものは確かにある。私がアメリカの大学で勉強をしている理由は、あくまで「知識」を得るためであり(じつはこれ、ウソ。卒業証書さえあればこんな学校通うもんか)、英語などコミュニケーションについていけて、人並みのスピードで本を読めたら別に問題などない。The Economistなどを詠んでいる人たちの中でも英語の勉強より、日本のメディアではあまり扱われていない場所の情報を得たいからという人も少なくないと思われる。私だって、べつに語学留学に来ているわけじゃないのだ。これを今、「古代文字の世界」(The Story of Decipherment:From Egyptian Hieroglyphic to Linear B)を日本語版で読むことを弁明としたい。(なんて親の前で言ったらシバカれる確率90%だろうが…無論、本当に殴ったりはしませんけどね)

それと雑誌のホームページのコンテンツのところに、各記事の題名とそれにたいするコメント・トラックバック機能があるのだが、してもらいたいのなら、せめてどこのどのメディアから記事を貰ってきたのかと、その記事のもうちょっと詳しいあらすじ位は書いておいたほうがいいと思う。
posted by 白紙状態 at 13:02| Comment(0) | TrackBack(0) | Czytelnik | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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