2005年12月03日

たんぽぽ娘。:なんとなく私は彼女に恋をした

たんぽぽ娘(原題:The Dandelion Girl)。ロバート・F・ヤング作。リリカルなタイムトラベル系のSFの名を上げる場合(こんなこと人生において一度か二度くらいしかないと思うのだが…)、そのトップ10に入らなければおかしい作品である。逆に、これをトップ10にあげないのはモグリのSFファンである。本稿の題名に「。」をつけた理由をいうのは野暮だと思う。

日本では「海外ロマンチックSF傑作選2」や「アンソロジー 人間の情景 6」などのアンソロジーに収録されているらしい。しかしおそらく両方とも絶版だろう。ちなみにそういった絶版本の復刊交渉に励む復刊ドットコムでは、「海外ロマンチックSF傑作選」の復刊投票をやっている。100人の投票があり、もう出版社に要望のメールを出したらしいので、もうその必要がないかもしれないが、いちおうここでチェックできる。(SFマガジン2000年2月号に再録されている:出版社にバックナンバーがないのだけれど…)

ちなみにネット上には英語のやつもあるし、内容も短くそんなに難しい英語じゃないから、暇なときに読んでみるのもわるくない。

<ここからネタバレあり:でも、ネタを知ってたところでこの短編の真価か変わらないはず>


きわめてベタで甘いSFである。ある日、中年になった男は、例年なら妻と一緒にすごすはずの休みを一人で過ごすことになる妻が陪審員になったからである。そして山の中の、湖のほとりで過す休暇のひと時を楽しんでいたとき、ある少女と出会う。タンポポにもにたブロンドの純粋さを絵に描いたような少女と。彼女は自分が未来から来たといい、男はそれを冗談半分のうそだと思う。

彼女は「Day before yesterday I saw a rabbit, and yesterday a deer, and today, you.」(二日前、ウサギをみたわ。昨日は鹿、そして今日は、あなた)という。これは結構有名なせりふで、かなりあっちこっちで引用されているはずだ。

初秋の日差しが木の葉に反射して、森のあふれんまかりの柔らかな緑色の光で満たされるころ、男は少女と何回か出会いを重ねる。ある日、少女は去り、男は帰ってきた妻を迎える。そしてある日、偶然、その少女が自分の妻の昔(ややこしいな)の姿だと言うことに気づく。

タイムマシーンの故障で最後の一回しかタイムトラベルができなくなった少女は、もっと昔へと向かい、若き日の男と出会い、恋に落ちたのだ。

こんなストレートな話はもう誰も書くことがない。しかしこの短編が書かれたのは1961年のことで、まだSFはその可能性を模索していたころだ。だからストレートに感傷的(センチメンタル)な「たんぽぽ娘」なども(おそらく)前例のあまりない作品として向かいいれられたのだろう。だからこそ読んでもらいたい。この短編は可能性を模索している厨房(なぜかここだけネット用語)にこそ読んでもらいたい。そして萌え苦しんでもらいたい。


今ならこの素材でもっといろいろいじり倒した作品になるのだろう。そう、この物語はいろんな視点からみることができる。たとえば妻の視点。未来の自分が夫に出会うことを知っている彼女は、陪審員に選ばれて出かけるときになんとなく昔のことを思い出し笑みを浮かべる、なんていうのもいい。自分はなぜ「自分が夫と最初に出会ったとき@彼女の主観」に夫と一緒にいなかったのだろう?と悩んだりもしたのだろう。

これが今風の萌え系のライトノベルになるなら、最後まで真相を明かさないことはない。むしろ、最初から結婚を決意した「妻」が登場し、彼女が若き日の主人公に「好きです」状態で突撃するのが正しいのだろう。そして理由は後から説明される。未来の自分にほれた同年代の美少女がタイムトラベルで自分の元に来てラブラブ状態だなんて普通、普通。

「たんぽぽ娘」的設定&センスをいじくりまくって物事をごちゃごちゃにして、私をしてたんぽぽ色の服を着た美嶋玲香に萌え殺しにさせたのが例のアニメ「ラーゼフォン」だったような…。




今回からFurther Reading(関係のありそうな本)を何個かピックアップしていきたいな、と思います。

Further Reading
1.「ある日どこかで」:映画にもなっている「Somewhere in Time」の原作。切ない恋のタイムトラベル
2.「ラーゼフォン蒼穹幻想曲」:アニメ版より面白いゲーム版
3.「時の鳥籠」:「たんぽぽ娘」の設定を現代に置き換えたらこういうことになります。
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2005年11月26日

長靴をはいた犬:神の声を聞く神性探偵による救い

さて、山田正紀という小説家がいるということにしておこう。たとえば、その山田正紀が30年以上小説を書いてきて、それもSFとミステリーというファンダムの強いジャンルに取り組んできたとしよう。そして彼がその職人的な技と器用さで玄人受けのするベテラン作家として名を上げたとしよう。彼の作品のあとがきには、自分の作品がどうしても好きになれないこと、数多くのシリーズものを中断させてしまった自分への嫌悪、自分を嫌悪する自分への嫌悪、などが同じようなパターンで繰り返されていて、ある意味これすらも職人芸の領域に達してきたことを仮定しよう。山田正紀のデビューの年が、1974年、彼が来年の私と同い年だった24歳のときで、今の私と同じ年のころは、もうデビュー作の原稿に取り組んでいたとしよう。そのデビュー作のタイトルが「神狩り」だったとしよう。そして彼はずっと「神」を題材に小説を発表してきたとしよう。すべてを仮定しよう。何もかも霞のようにくっきりとした事実と仮定しよう。

でも、仮定したところで山田正紀が実在の作家で、上のようなプロフィールを持っていて、私が彼の作品をこの四、五年ほど読み込んできたことには違いがない。しかしながら私は、なぜか彼を語るとき、上のような奇妙な言い方を選びたくなった。なぜなのだろうか。ただ語尾を延ばしできるだけ長い文章を仕立て上げたかったのか、それともくだらない技巧のためなのだろうか、または彼が私にとって忌むべきものであるのだろうか、わからない。まったくといっていいほどわからない。ただ、彼の作品の持つ、ぼんやりとした不安感、漠然とした絶望感、薄汚い希望の予兆が混じった雰囲気に即された語り口なのかもしれないと自分で診断してみる。そういう診断すらなんの意味があるのだろうか、と奇妙な笑みを浮かべながらタイプをする両手を動かすことを止めたりしない。

神狩り」のあとがき、初版から30年たった後の文章において山田正紀は次のようにいう。「私はそのしょうせんはジャンル小説にすぎないものから、なにか非常に重要で偉大なものを感じ取らずにはいられないのだ」、と。とにかくだから彼は神について書くのだろう。神についていろんなヴァリエーションを描くことのできるSFという舞台で、時には正義の神であったり、時には嫉妬する神であったり、時には無常の神であったり、本人の宗教観にとらわれず、ただ本人の考える神についての多様な感覚をこれでもかというほど放り込んだ文章を山田正紀には書くことができる。ドストエフスキーの神、三浦綾子の神、トルストイの神、ロバート・A・ハインラインの神は個人にひとつしかいないが、山田正紀の神は彼が見たい数だけある。そして山田正紀は本人が自任するように、「想像できないものを想像する」人間なのだ。

そういう山田正紀の神についての作品の中に「長靴をはいた犬」というものがある。

しかし「長靴をはいた犬」という作品について述べる前に、その前の作品である「神曲法廷」なる作品を見てみる必要がある。東京地検の検事、佐伯神一郎は、昔は文学青年でダンテの神曲が好きだったこともある。最近は精神を病んでおり、休職中だった。そしてある日、彼は「正義は果たされなければならない」という声を聞き、それを神の声だと信じ、ある殺人事件の解決に挑む。だからこいつは電波なのだ、と言い切ることができる。作家が電波だから探偵役も電波かよ、とシニカルに突っ込むこともできる。だけどこの作品はある意味、ミステリーの根本的な問題−と一部では言われていること−の回答のひとつなのだ。そう、残念ながら電波ゆんゆんのこの作品こそがある意味回答なのだ、例の「後期クィーン的問題」とやらの。

小説の中の探偵は、自分の判断が正しいと、神のように他人を裁いても善いと確信することができるかという問題なのだが、ある意味、まったく無価値(だってそんなの「紙面の関係上、探偵は完璧という設定です」で終わっちゃうし)なのだが、しかし思考をもてあそぶという面においては結構面白い思考実験ではある。現実世界では一種のあきらめを導入し、法廷では「後期クィーン問題」などだれも論じたりはしない。人間は不完全で、人間が立証できる真相など限られているが、しかし犯人を見つけ裁くのが我々の司法システムである。だが、とにかく「神の声」を聞き、絶対的な真相をもう授けられている探偵なのだからそれに符合する証拠だけを集めて提示すれば、そこで事件は「正しく」終わらせることができるのだ。それが山田正紀の提出した「後期クィーン問題」への回答である。それこそ有名な川柳、「探偵は皆を集めて『さて』と言い」のごとく。無論、佐伯もその「神の声」とやらが自分の精神の異常のせいで起きた異常-精神分裂-なのかどうか悩むし、彼のいる東京は神曲における地獄に似せられる。だから彼は神に嫌われる人間のように、神を拒み、神を嫌う。だけど神の恩寵なるものは重力に似て、逃れることができない。(私自身はちゃんとした無神論者なんですけどね)

だったら、ここまでだったら別に「長靴をはいた犬」の書評ではなく、「神曲法廷」の書評として書いたほうがよかっただろう。だけど本稿において私が指摘したかった面は、「長靴をはいた犬」にだけ登場する望月幹夫の救済である。望月幹夫、新鋭の犯罪精神学教授。学術的な評価は高いが傲慢である。こういうことが事件と引用文を数個ならべたプロローグに続く、第一章の冒頭で語られている。主観を交えた三人称で。この書き方は実は、山田正紀のデビュー作でもある「神狩り」でも行われていて、ヴィトゲンシュタインの引用と「それは、薊でなければならなかった」から始まる彼の生前の姿の素描がプロローグとして、その次にくるのが第一章の島津の紹介部分になる。彼も望月と同じように学術的な評価は高い若手の研究家だった。島津は情報工学と言語学のエキスパートだが、望月と同じく傲慢で他人に評判が悪い。無論、両方とも男で未婚だ。

だが、「神狩り」は、論理階層的に人間より上にいる「神=真相」の姿を認識し、人間を嘲う「神=真相」と戦う島津の物語だった。だけどついに「神=真相」と本当の意味で戦うことはなかった。逆に「長靴をはいた犬」の望月は、神と人間の媒介である佐伯と知り合い、真相へ導かれる。まるで「神曲」の中のダンテのように。だから「神狩り」はあえていうなら「島津=望月」の敗北の物語だったが、「長靴をはいた犬」はかえって「望月=島津」が神へと至る物語になり、安易といってもいい和解と救済が演じられる。

私は救済の物語が好きだ。安易なら安易なほどいい。チープでありふれた、安っぽい救済の物語こそ私が好きで好きでたまらないものだ。チープでありふれた救済が、窓の外にあって、まるでドライブスルーかなにかのように、窓を開けて紙幣を差し出したらお釣りとともに出てくる世の中を夢見るのだ。長渕剛ではないけど、「賽銭箱に、百円玉投げたら、釣り銭出てくる人生がいい」と思う。
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2005年11月24日

Courrier Japon:読んでもいない雑誌にケチをつけるのは果たして許されるべきか否かの問題はこの文章では述べられていない

「この雑誌は、売れるのだろうか」

クーリエ・ジャポン。講談社から出た新しい雑誌らしい。フランスのクーリエ・インターナショナルと契約して、世界各国の1000個のメディアからニュースを配信してもらって、それを再編集して、日本語に訳し、売るらしい。現代は時間との闘い、世界化が進む時代なので、ある程度需要があると思われる。値段は480円、編集方針は編集長のブログや広告や各種レヴューから見ると大量に捌いて儲ける、方針らしい。2週に一回ほどの刊行ペース。本家が週刊なのでいったいどれほど日本語版の特称を前に出せることができるか疑問である。ひょっとすると量的に優勢な本誌の編集方針に流されすぎて、日本から見た世界という視点が欠けるのではないか、という疑問がある。

しかしながらこの挑発的で目に留まりやすい広告などの大衆向けの攻撃的姿勢は評価されるべきだろう。たしかに日本人によって書かれた日本の一部の自称社会的リーダーを狙った小部数の情報誌は、新潮社の「フォーサイト」あたりで十分だし、Foreign Affairsの日本語訳もあれはあれでいいのだが、FAは専門家によって書かれた時事論文の掲載場所であるので、大衆的とは言いがたい。9・11以降の「アメリカ批判」の流行の中で、「アメリカだけが世界じゃない」という編集方針はまことに評価されるべきであろう。個人的に興味があったので、手に入れてみたいかなーとも思ったが、どうしようかと今、迷っている。

繰り返すならば、この雑誌の目標は、「アメリカだけが世界でしょうか」という宣伝文句が現れている、多様な世界の多様な世界観を届けるというコンセプトなのだろう。それを昨今の大きなフォントとスタイリッシュな紙面と薄さを持つ、2週に一度ほどの雑誌で補うことができるのかは、非常に疑問なのだが、こういう雑誌の存在は重要だと思う。正しい統一よりも正しくない多様化のほうがマシだと思っているものとしては、これからがんばって日本の多様化に役立ってもらいたいものである。

だがひとつだけ非常に、まことに残念なことがあると雑誌の名前がフランス語であるということだ。「非米」が「フランス」だなんてジョークにもならないじゃないか。フランスの雑誌社と提携を結んだとかいっているが、それを無視して論を進めるならこの雑誌は、「ヨロズ」みたいな日本名を持つか、もっとマイナーな言語から取ってくるべきだったと思う。この文章は、「Czytelnik」というセクションに納められているが、Czytelnikとはポーランド語で「本を読む人」という意味らしい。商業メディアに思い切って、こんなおふざけをしろというのはきついのだが、しかしながら私が思うに、そういった積極的な姿勢もそう悪くはないと思われる。

「編集」需要というものは確かにある。私がアメリカの大学で勉強をしている理由は、あくまで「知識」を得るためであり(じつはこれ、ウソ。卒業証書さえあればこんな学校通うもんか)、英語などコミュニケーションについていけて、人並みのスピードで本を読めたら別に問題などない。The Economistなどを詠んでいる人たちの中でも英語の勉強より、日本のメディアではあまり扱われていない場所の情報を得たいからという人も少なくないと思われる。私だって、べつに語学留学に来ているわけじゃないのだ。これを今、「古代文字の世界」(The Story of Decipherment:From Egyptian Hieroglyphic to Linear B)を日本語版で読むことを弁明としたい。(なんて親の前で言ったらシバカれる確率90%だろうが…無論、本当に殴ったりはしませんけどね)

それと雑誌のホームページのコンテンツのところに、各記事の題名とそれにたいするコメント・トラックバック機能があるのだが、してもらいたいのなら、せめてどこのどのメディアから記事を貰ってきたのかと、その記事のもうちょっと詳しいあらすじ位は書いておいたほうがいいと思う。
posted by 白紙状態 at 13:02| Comment(0) | TrackBack(0) | Czytelnik | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

対エスキモー戦開戦前夜:あるいはあの日、私は三回も風呂を沸かした。

「生きる人間の条件は同情心をもてるか否かということだ」 -ショーペンハウエル
「つ、つぎの戦争はエスキモーたちと闘う」-フランクリン


多分、これは水曜日の夜から金曜日の深夜までの物語だろう。「これ」というのは、サリンジャーの「対エスキモー戦の前夜」ではなく、私のごく私的な事情のことであり、許される限りフィクションを交えた、日常の報告である。

木枯らしに木の葉が擦れる音のようなものが聞こえ、私は深い連想作業から覚醒した。霰のような、雪のような、白い何かが強い摩擦音とともに降ってくる。ここ数日、特に乾燥していた草むらに当たり、はじけたようだ。薄い雲で覆われ、明るい黒(というのが実際にある)一色の空を背景に、霰、もしくは雪の礫、もしくは雪の核とでもいえる物体が三十秒ほど降ってきた。

私は、それまでバス停の前で、終わりもなく、始まりもなく、経過だけがとまることなく、ただ進み行く思考の流れに心を任せていた。まるで浅い夢のような、現と夢の境界線のような、まどろみの時間、それをまどろみと実感することもなく、流れる、否、ただ底にあって、そこにない、精神が淀み、ただ澱み。ただバスを待っていた。することも、考えるべき課題もなく、ただ突っ立て、過ぎ行く時間を過ぎ行く時間と認めていた。それまで、幾千もの夢幻や概念や他愛無い想い出の欠片が思考の水面に浮かび、現れては、消え、時間ばかりが無意義に過ぎていった。いったいどこからが想い出で、どこからが夢想なのだろうか。それを疑問と思わない、ただの耄碌な時間が、ただ波のように、そう波が打っては返し、果てていくことのない時間のように、しかし流れるままの考えに心をゆだねるのは決して悪いものではなく、時間が過ぎるのも忘れて物思いにふけることも時々…。

そんな時間だった。バスを待っていた。だけど雪が私の心を乱した。ただ30秒ほどの短い降雪だったが、私の意識は覚醒され、覚醒したままで、ただ、バスが来る前の五分間、ただ寒さの中で、より透明になった秋の空と、空に浮かぶ煌々とした月明かりだけを見ていた。震えることも忘れ、夕飯のメニューも忘れ、幸せすらも入り込む隙のない、ただの惚けた平静を保った。結局、覚醒したところで、時々、通り過ぎる車の音と冷たい空気以外の何もない。

やがてバスが来て、私は取り残された。多分、水曜日の夜のことだったと覚えている。土曜日の「対エスキモー戦開戦前夜」へと、私は、そして大学は、向かっていた。

「エスキモー」と彼らを呼ぶことは、無論、正しいことではない。ここで正しくないと言うことはJustではないということと、Correctではないということの両方である。無論、彼らの大学は、アメリカの北のほうにあるが、アラスカにあるわけでもなく、湖から運んで来られる水分によって十月の後半から大雪が降ったりしてもおかしくはない場所にはあるが、彼らが自ら「エスキモー」を名乗っているわけでもなく、「エスキモー」を崇拝しているわけでもなく、「エスキモー」に特別関係のあるわけでもない。「エスキモーは差別語か?」という論争に巻き込まれたくはないが、一応、現代米国社会において、「エスキモー」はPolitically Correctな言葉でもない。ただ、私の心の中で、彼らは「エスキモー」と名づけられているのだ。そう、それだけのことである。

「エスキモー」たちは私の住んでいる州のすぐ北のほうにある州の州立大学のやつらだ。やつらは、厭らしいことながら、私たちの大学より全国的な知名度が高い。各種ランキングでも私たちより高い場所にいるし、有名人だってあっちのほうがおおい。一応、こちらとしてみれば中部の両雄というつもりなのだが、世間的には独走するトップの「エスキモー」と、それを追いかける有象無象の魑魅魍魎たちのほうが正しいらしい。しかしながらわが校が彼らよりフットボールがうまいのは事実である。時々、負けたりもするが。大学フットボールのシーズンは秋の3ヶ月と短く、学生の身分と運動量からして、毎週末、土曜日にしかできないので、中部リーグ、所為TOP10は、毎年、同じ週末に同じ相手と一回だけ対戦することになる。たとえば、「エスキモー」とわが校は毎年、最後の試合をする。この試合に勝つほうが次の一年を通して威張れるし、こっちも「エスキモー」も30年代から続く、最終戦ということでフットボールでのライバル意識もあるし、TOP10の両雄である二校のうち、最終戦で勝ったほうが4つあるNational Championshipのうちのひとつに進めることになる確率が高いので、最終戦に向けての両校の雰囲気は盛り上がる。いや、「エスキモー」のことなんて理解できないので、そっちも盛り上げっていることにしてくれ、といったほうが正しいことかもしれないが、そんなことはどうでもいい。どうせ次の闘いは「対エスキモー戦争」になるはずだし、それが終われば負け犬=奴らなんてギャフンともいえないのだから、どうせ。

さて、話は変わるが、J.D.サリンジャーといえば、「ライ麦畑でつかまえて」という長編で有名だが、実は、私が思うに、長編はあまり得意ではない、というか、隠居にいたるまでの比較的短い作家生活(このことは後で述べる)の中で、彼が書いた、唯一の長編が「ライ麦畑でつかまえて」だったから仕方もないが、彼は短編のほうにその才能を持っていた。その中でも、「ナイン・ストーリーズ」、その名のとおり、9つの短編を収めた代表的(ベスト盤的といってもいい)短編集は、その収録作一つ一つのクオリティが高いことで有名であり、「バナナフィッシュにうってつけの日」や「対エスキモー戦争の前夜」や「笑い男」や「エズミに捧ぐ」などの名短編は20世紀後半の至る場所で引用されている。アニメ・漫画業界に限っても、「バナナフィッシュにうってつけの日」はそのまま漫画「バナナフィッシュ」のタイトルとメインコンセプトに、「笑い男」は、「攻殻機動隊 Stand Alone Complex」のいたるところにその影響力を持っている。

「対エスキモー戦争の前夜」がどういう話であるかを簡単に述べよう。2次大戦直後のニューヨーク、少女Aはある事情があって、お金持ちの友人Bのアパートに訪れる。そこで、彼女は何かの理由で神経をやられたっぽいBの兄フランクリンに会う。彼は戦争中は、中部某州(本文を読めばわかるけど、一応、この州名を隠すことにする)で飛行機工場で働いていたという。彼はすごく不器用な人間で、悪い人間ではないし、狂ったわけでもないのだが、話のピントを合わせることができない。そして彼はふとこんなことをいう。「We're gonna fight the Eskimos next. Know that? ...This time all the old guys're gonna go. Guys around sixty」(「つ、次はエスキモーたちと闘うんだ、知ってたかい?…今度は60歳以上の爺さんたちが戦う番だ」)とまるで自分も戦場に行ってきたかのようなことを言う。いや、多分、戦争に行かなかったのが負い目になっているだけだと思うのだが…それは別の話。

さて、この文章を書いている私が彼(誰かとは聞かないでおくれ、野暮なことは、今だけはいらないから)に好意を抱いていることは明白である。彼は私のいる「中部某州」で、「20代前半」をすごし、「精神の若干いかれた」やつだった。不器用な面も私と同じで、こんなにシンパシーを感じることのできる人間がそういない。

もう一度、うちらの憎き「エスキモー」たちのことについてのこと。

「対エスキモー戦の前夜」-その年がアウェイの場合は金曜日にはチームと応援団が「エスキモー」のホームグラウンドに移動しているので、正確に言うと木曜日の深夜になる-に学校の中央にある小さな湖にダイブ(Jumpというのが正しいが)するのが誰も主催したわけでなく、誰に命じられたわけでもない伝統行事である。言い伝えによると、この行事は「対エスキモー戦」がシーズンの目玉になる前の1902年ごろから始まったというので、もう100年以上の伝統を誇る立派なお祭りだ。祭りとして何かを投げ入れるのは、1895年に最初の記録があるとのことなので、この行事はもう3世紀にわたるわが校の伝統ともいえる。無論、伝統もときによっては変わる。全盛期には、いわゆる「ファントム・バンド」なる即席のマーチングバンドが校外の大通りを占拠して解放区っぽいものを作り上げたりもした。それが禁じられ、2002年の悪夢があったのだが(私自身は例のことを全然悪夢とは思っていないのだが)、それもまた別の話になる。学校側も正直、伝統行事としてのダイブを煽ったりしている。まぁ、なんだあのポルトガルの3F(Football, Fatima, Fado)政策みたいなことをやっているのが見え見えで、学生の中でも一部のPolitically Fxxxing CorrectなFxx Axxたちは、そのDxxx Mxxthをぐちょぐちょさせながらくだらない、「学校側はエスキモーたちを嫌悪する生徒側の感情を煽ってストレスを解消させようという正しくない…」なんていう非常につまらない意見を学生新聞(無料)で述べたりするが、それも含めての11月の狂騒ということなので、まぁ、どうでもいい。「エスキモー」相手に同情心なんていらない。どうせ戯れの嫌悪だ。あっちにも友人はいる。

今まで、私は飛び込んだことがなかった。これで3回目だったけど、過去の2回は、傍観者のような立場だった。煽って、煽って、ただ煽って…、という立場で、一人暮らしのくせにカゼにでもなったらどうしようという考えがあった。だけど今年の私は、私は悩んだ末、飛び込むことにした。飛び込んだ。ここがロードスでないとしても、跳ぶことにした。群衆の中、轟音の中、夜のキャンパスで、水の飛ぶ音だけが妙にくっきりと聞こえ、次の瞬間、決心よりも先に、体が飛び込んだ。無論、すぐ出てきた。そして、凍えながら、タオルに包まれ、空の漆黒さを理解できないことを嘆きながら、ただ足踏みをしていた。どうしても止めることのできない、この人間的な震え。表面的な同情心などなくとも、自覚がなくとも、私はただ震えている。人間的な根本(ファンダメンタル)をやめることができない。フィードバック回路に沿った機械的反応だと言うかもしれないが、知れないが、これこそ正真正銘の人間の根本なのだ。どうしようもない惻隠之心などなくとも、人間はただそれだけで人間でいることができる。それこそが悪夢のような人間性なのだ、と気取ることができるのが、二十台序盤の私たちであり、その気取り、無茶な示度、無意義な努力が私たちの象徴なのだ。なんてくだらない、まるで小説の人物かのような、棒読みのマニフェストを脳みその中だけで、歯はガタガタ震えていたので、舌をかむのが怖く、でダラダラと脈略もなく思い浮かべながら、私は用意されていた暖を取って、友人の車で家に戻った。時計を見たとき、針は、もう12時を過ぎていて、まさしく「対エスキモー戦争の前日」となっていた。

最後に付け加えたいことがある。サリンジャーは今でも生きているが、50年代の中盤から数十年、山の中の小屋にこもって新作を発表するところか既存短編を編んだ短編集を作ることも拒んでいる。スティーブン・キングなどの報告によると、その後も創作自体は続けていて、小屋の金庫には、未発表「生」原稿がどっしりと積まれているそうだ。(なぜキングがそんなことを知っているか、ということは忘れてしまったが)だから私は時々、サリンジャーのことを思い出して、にやりと笑う。そう、にやりと笑う。1919年、私の母方の爺さん-5年ほど前に亡くなった-と同じ年のサリンジャーに未来なんてない。願わくば、彼の死が安らかで、(金庫をぶっ飛ばすほどの)爆発力の無きものでありますように。(笑


追記:試合のほうは接戦の末、終了間際に逆転。わが校が勝った。いちいち付言するのが恥ずかしいほど当たり前、前もって決まっていたも当然な結果なのだが…一応念のため。

追記:ハンガリーのドメインに、サリンジャーの短編集未収録作を集めた(正確に言うと、アメリカの大学生たちの海賊出版物を流用した)サイトがある(らしい)ので、紹介しておこう。http://terebess.hu/english/salinger.htmlがそれらしい。私は決して、このサイトを訪れたり利用したりしたことがありません。

参照文献
ナイン・ストーリーズ」 J.D.サリンジャー
ライ麦畑でつかまえて」 J.D.サリンジャー
サリンジャーをつかまえて」 イアン・ハミルトン
うちの大学の新聞(w
Wikiquote.org
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2005年11月19日

意識の科学は可能か:サル、脳、意識

そういえば数ヶ月前、「Monkey Business:Swinging Through the Wall Street Jungle」という本を読んだことがある。80年代を風靡した投資銀行DLJの内幕を元職員の二人が暴く、という内容で、Finanacial Sector入りしたい人たちには必読書。しかしながら投資銀行などという道をあえて選んだ人ならこの本にでる例くらいで就職をあきらめたりはしないだろう。(無論、中に入ってからのことは全然、まったくわからない)

さて、この文章が扱うのは、そっちのMonkey Businessではなく、別の、二つのMonkey Businessである。ひとつは売春に、もうひとつは脳の実験に関する実験であり、両方とも形而上学的にも物理的にも大変意義のある実験であった。


先日、気鋭の経済学者であるSteven D.Levittとジャーナリストでベストセラー作家のStephen J. Dubnerの講演にいってきた。二人は、経済学者であるLevittがいままで注目されていなかったデータや使い古されたデータを新鮮な視線で捉え、Dubnerがそれを一般向けの文章にするのを手伝うという役割分担で、アメリカの大学街とアマゾンでは一大ベストセラーとなった「Freakonomics」を共同で書いたのである。FreakonomicsはNew York Times Magazineに今でも連載されており、もちろん単行本に未収録の記事もある。そこらへんはFreakonomicsのホームページで確認することができる。この文章は「Freakonomics」の二人の講演レポートではないので、本筋に戻りたいと思う。

Freakonomics」の単行本に収録されていないネタにYale大学のこちらも若手経済学者のホープであるKeith Chenによるある実験のお話がまとめられている。かのマルクス@ヒゲ面のユダヤも言っているとおり、お金とは奇妙極まりなきものであり、最近の経済学では往々にして忘れられたがお金の本質を探ることは経済学にとって一大事なのだ。そして私とそう年の違わないわれらKeith君@YaleのProfは、お金問題に対する最終解決を成し遂げるための一兵隊さんとなるために、人類と類似した-「脳は小さく、セックルとメシのことしか考えていない」-サルにお金を渡し、それと交換に食物を与える一種の擬似的な貨幣経済を作り出す。そうするとまことに人間社会と似たようなシステムができあがる。彼らは時にはお金を奪い合ったり、時にはほかのサルが持っている自分の好きな食物とお金を交換したり、プレゼント(下心込み)したりする。無論これは実験なので、時々、ギャンブルやインフレーションを導入してみたりして消費者(=おサルさん)を愚弄してみたりもする。ちなみにおサルさんたちはハイリスクが好きらしい。サルにナニを教えるとナニにはまって死ぬまでナニするというナニっぽい話の信憑性がこれでナニゲにアップ。

この経済学的なエデンは結局、盗みと売春で汚染されることになる。それまでは通貨の量は調整されていたが、ある日、あるおサルさんが研究員に襲い掛かって、研究員が賄賂でそれを潜り抜けたとき以来、おサルさんたちのエデンは暴力と盗みに支配されることになった。無論、食料の値段は変わらないし、おサルさんに食物以外の重要な商品がなかったので結果的に通貨量の増加は新たな消費を生むことになった。最古の職業、売春である。行為の代価としてお金を貰うことが職業というならば、まさしくこれはおサルさんにおける最初の職業である。

この実験は、経済とリスクに関する諸概念は人間特有のものではないということを示す。そして複雑な概念を築き上げフェティシズムに陥るのはなにも人間ばかりではないということだ。だとしたら人間とサルの共通点はなんだろうか、私は脳の構造だと睨んでいる。このことが二番目のMonkey Businessと関連がある。


意識の科学は可能か 」という本は、2000年の第64回日本心理学学会大会でおこなわれた「意識の科学は可能か 」という座談会で行われた講演を基にしている。

意識の科学は可能か−苧阪直行
知覚から見た意識−下條信輔
身体から見た意識−佐々木正人
言語から見た知識−信原幸弘
無意識の探索から意識を探る−山中康弘

この5つのエッセーが220ページ余りの本に入っていて、知覚心理学や脳物理学らの権威たちが自分の最新の興味分野を話すという形をとっていて、なんとなく雰囲気につかりたい、という層にアピールする。この文章で特に扱いのは、2番目の「知覚から見た意識」だ。下條はCaltech(カリフォルニア工科大学)おキョウジュさんで、講演のスタイルも若干アメリカっぽく、いいたいことを数個かのブロックにまとめた後、各ブロックの最初と最後に主題文章と要約文章を入れる。だからこの人の文章は、各章のタイトルと冒頭の文章だけ拾っていけば、このおキョウジュさんの実験や主張の妥当さはわからないけれど、おキョウジュさんがなにを言いたいのかはわかる。

下條のおキョウジュさんは、今までの主流だった行動主義、すなわち「心の中の主観的なことが直接わかるはずがない、だから外からの刺激とそれに対する反応だけ研究すればいい」がお嫌いらしい。内面的なこと、どう知覚したか、どう思ったかなども十分科学的でありえるとおキョウジュさんは思っている。無論、おキョウジュさんも行動主義的な方法論をすべて否定しているわけではない。「科学的実験」を心理学の世界にもたらした行動主義は、実験を必需とする認知科学に欠かせないものである。ただ、時代が変わり、行動主義という方法論がちょっとずつ行き詰まり、今では実験を通じて心理を内側から見ることができるというのが、言い換えるなら心理と物理は歩み寄れるし、客観と主観はそれほど違わないというのが、おキョウジュさんの主張だ。

おキョウジュさんは、「網膜像に明示的に与えられている情報以上のものおを見る、知覚の特性」と「網膜への物理的刺激が消えたあとの知覚現象」に興味を持つ。実際、脳の中のいろんな部位は、それぞれの役割を持つが、ゆるやかでフィードバック回路が無数に組み込まれた連携も忘れていはいけない、まったくもって複雑な構造を持っている。簡単に言うなら、脳の一部位とある知覚が一対一でないことで、むしろもっと複雑に入り組んだ生き蠢くめいろなのだ。だけど私たちは、パソコンのCPUや基板をばらして解析することとは違い、似たような形の細胞が集まっているひとつの大きな塊に過ぎず、ばらすことも(生前には)できない。だからfMRIやPETなどのいわゆるイメージングの手法がとられたりする。

そしてMonkey Businessが登場する。

人間の脳をばらすことができないから、それじゃ人間の脳と構造的に類似したおサルさんの脳で実験しましょう、となる。そして行動主義の視点からはありえないが、精神の中側をある程度研究できる現代の技術によると、おサルさんも人間っぽい思考ができるらしい。それは上の「最古の職業@おサルさんエデン」にかんする実験でも明らかにされていて、私たち人間は孤独ではない、ということになる。瀬名秀明あたりが5年ほど前に脳とおサルさんとおカミさんについてのわけのわからない小説(「Brain Valley」)を書いていて、それから瀬名はロボット(「ロボット・オペラ」)へとその関心を移すことになる。それはある意味、象徴的なものであり、人間の同伴者を捜し求めているという面で非常にスジが通っている。

ところで、この実験に使われるおサルさんのなまえがすごい。「覚醒サル」なのである。なんか先駆者として人間支配から脱しそうな名前ではあるが、単に刺激に反応するという意味での覚醒らしい。この中の「両眼視野闘争」いうのもあるし、とにかく私をワクワクさせる名前が多い。だけどこの「両眼視野闘争」なるものが人間とおサルさんとの類似を示すことになる。専門的なことはおキョウジュさんのテキストを直接読んだほうが早いから端折る。この実験の手法がまた面白い。おサルさんの脳に電極を「さして」刺激を与えて、ニューロンをしらみつぶしに探す、というごく平凡な猿体実験だ。私的には、この「さして」というのが、「挿して」なのか、「指して」なのか、「刺して」なのか、「射して」なのか、「注して」なのか、「鎖して」なのか、それとも「然して」なのか(最後はやっぱ違うでしょ…)疑問なのだ。

素人の私にはちんぷんかんぷんな話がちょっと多かったが、それは仕方がない。それが素人の正しき道なのだから。

しかしながらこの本にあることをすべて鵜呑みにしてはいけない。脳というフィジカルであり、同時にメタフィジカルでもあるこの領域においては、いまだなにもはっきりしたことなどない。脳にノーといえない、こんな世の中じゃ、ポイズン、なんてくだらない駄洒落でも言いながら肴の酒にでもすればいいのだ。そして、おキョウジュさんのCaltechからの賃金の一部はあの電極とMonkey Businessからきたことを忘れて、「お人間とおサルさんはお仲間」とうれしげな笑みでも浮かべればいいんだ。そのときは、仲良く記念写真を撮ることを忘れないことにしよう(ちなみに動物実験大賛成派です)。


私にも、おサルさんだったころがある。それが他者の概念がぼんやりと、だが確実に築かれ始めた幼児のころなのか、爆発的なパワーで野原(i.e.近所の公園)を走り回っていた童の頃なのか、それともご立派なセイ少年だった若き日々のころなのかは、わからないが、私にもおサルさんだったころがたしかにある。そしていまや立派な自己責任を持つ成人となったわけで、もうすぐ学校を出て、社会の門を潜ることになるわけで、それでも自分はそのおサルさんだったころとあまり違わないことに気づいてしまったわけで…それが今回のテーマなわけで、ちょっとやるせない気分になったところで今日3回目のお風呂に入ることにしよう。なぜ一日に3回もお風呂を沸かすことになったのかの顛末についてはいずれ「白紙状態」のほうに書くことになるだろう。




追記:あるアナロジーが紹介されていた。(かいつまんで要約)
-知覚意識の「神経対応」という言い方に疑問がるのです。
-指演算の得意な人がいて、たまたま指に怪我をして演算ができなくなった。さて、この人の指演算の中枢は指だと断言していいか
-脳内でそこが壊れたから演算ができなくなったからといって、それを演算の中枢というのはおかしいのではないでしょうか。
-他の場所もじつはそこに至るプロセスとして必要不可欠であり、その結果がその部位に集中的に「析出」しているだけ、
-最近、盛んにNCC(意識の神経対応メカニズム)という言葉が聞こえます。フランシス・クリックあたりが好きですね。
-NCCがないかもしれない、だけどこの作業を続けていたら何か別のものが見つかるかもしれない。

-知覚のより本質的な内実(クオリア)、自分にしかふれることができないという特性そのものに、これまでの知覚研究はまったく肉薄していない。
-しかし、知覚の心理物理実験というものの、自他の相互理解に依存するという構造上、この問題は原理的に、はじめから抜け落ちざるを得ない。
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2005年11月13日

緋色の研究:The Understanding of Six Napoleonics in A Study in Scarlet

1.The Great Game
一年半ほど前のことだろうか、英文学の授業でヴィクトリア朝文学としてシャーロック・ホームズを一ヶ月くらい丁寧に読む下したことがあった。The Adventures of Sherlock Holmesの初版本に頬擦りできたことが一番の収穫だとおもうのだが、あえてもうひとつの成果を挙げるとするならば、シャーロック・ホームズとワトソン博士の友情がいかにして作り上げられ、そしてどういう小説内効用を持ち、いかにして反復と模倣の対象となったのかについて思う存分に考え、書き散らかすことができた。まったくといっていいほど典型的なオタク的情熱をもって私は聖典(アーサー・コナン・ドイルによるシャーロック・ホームズ登場作品の通称)を読んでは読み返し、撫でては撫で返し、捲っては捲りなおした。そのときの私は、The Book(正典)を片手に握り、もう片方の手でアイリーン・アドラー萌えを果てしなく書き綴りながら、ただただIt's Elementary, My dear Watsonを口ずさむ清く正しいオタクであり、その精神の純粋さはいかなる悪にも侵犯されることなき清さを保つことを苦としなかった。

聖典、すなわちシャーロック・ホームズの登場する60の物語(長編4、短編56)は、あくまでもリアルのできごとにちょっとばかしの脚色をしたものであるという立場をとり、日々大筋や細部や設定や時代背景について訓詁的なアプローチで論じる一派をSherlockian、その学問をSherlokianaという。学問といっても学校では教えてくれない(という建前になっている)し、SherlockianのコミュニティでもThe Grand Game(偉大なる遊戯)という言葉を使い、遊戯性を際立たせ立場をわきまえている。だから別に現実とフィクションを混同するキ印の集まりではない。

わたしも時々、そういった視点を玩ぶことがある。この文章は、そういった遊びの延長戦だとおもっていただきたい。もともとはもっとまじめな文章を書こうとしたのだが、先日6セット目のシャーロック・ホームズ全集を買ったもので、新しい全集の注釈を眺めていると従来浮かばなかった(ごくホームズオタク的な感覚において)面白いアイデアに思い当たったので、こうやって注釈の注釈的な位置を持つ文章をしたためることにした。

あえて題名を付けるのなら、「あるいは緋色の研究における六つのナポレオン(誇大妄想患者)的想像」とでも…。




2."I keep a bull pup": Watson, what a liar
ホームズ物語における不思議のひとつに「ブルドッグ」の問題というのがある。シャーロック・ホームズは安い引越し先を探しているジョン・H・ワトソン医学博士を紹介され、自分とルームメイトにならないかと尋ねる。ホームズはもうベーカー街にある下宿に目をつけていたし、当時ワトソンも割安な新しい住居を探していたので、(物語的要請もあり)彼らの交渉は、実務的というよりもキャラクターの性格を提示すことに終始する。その中でホームズは自分はタバコも吸うし、気難しいところも歩けど、大丈夫かと聞く。それに答えて、ワトソンは自分もブルドッグの子犬を飼っているので、面倒をかけることになる、だからお互いそういう悪癖を気にすることはない、と答える。しかしながら、ワトソンのブルドッグはその後一回も登場することはない。

無論、下宿で犬を飼う事を禁じられたかもしれない、しかしながらChapter7.においてジョン・H・ワトソンは以前請け負ったハドソン夫人の犬の安楽死を実行する。すなわち犬がいてはいけない家ではなさそうだ。下宿に移る前に、それか移った直後にブルドッグが死んでしまったかもしれない。しかし私はそのどちらにも賛成しない。では、ワトソン博士のブルドッグは何処へ行ったのだろうか?私の仮説は、「ワトソン博士はもともと軽度の虚言癖があるということだ。彼は漠然とした必要性に応じて小さなうそをつくタイプだ、ということだ。彼にブルドッグなどいなかったし、大体アフガニスタン帰りで、退役後長い間ホテル暮らしをしていた元軍人がブルドッグを飼っていたということ自体が不自然だ。だから私はワトソンがありもしないブルドッグの存在をでっち上げたと思う。

ブルドッグの存在をでっちあげる理由など無数にある。ワトソンは厳密な論理の上に築かれるべきである探偵小説の記述者としてはとても適したとはいえない健忘の習慣を持っていた。「The Valley of Fear(恐怖の谷)」においてジェームス・モリアティ教授の名をちゃんと聞いたワトソンがその後の、「The Final Problem(最後の事件)」においてモリアティ教授の名を忘れていたことや、各種の事件において日時の辻褄が合わないことが多いことなどがその証拠してあげられる。無論、ワトソンが自分の身元を隠し通すためにそういった不自然な表現を使うという仮説もあるが、やはり私はワトソンはただの健忘だという説を支持したい。大体、ワトソンは(作中の)自分の名前すら忘れてしまって、ジョンとジェームスを使い分けるようなどうしょうもない、忘れん坊なのだ。(無論、John H. WatsonのHがジェームスのスコットランド風発音のHamish頭文字だという説が一番強いが、一体、ワトソンかワトソン夫人がいつスコットランド人になったのか誰も教えてくれない)

無論、私たちはホームズ物語がワトソンによって整理され書かれたストーリであり、その間、ワトソンに不利なことや彼が必要でないと思ったことが削除およびに省略をしていたことは十分ありえる。だから、こういう考え方をすることも出来る。もともと、毒薬を飲まされたのはハドソン夫人の犬ではなく、ワトソンのブルドッグなのかもしれない、という疑問が浮かぶ。自分の愛犬を殺した(安楽死の形をとったにしろ)ことを引きずって、フィクションを書き記すときに脚色したと考えてもいい。だけど私にはそれもおかしいと思える。だって、そんなにいやなら最初からブルドッグのことなんて書かなければいいのだ。別に日記をそのまま出版したわけでもなく、リアリティショーをやっているわけでもなく、事件が終わったあと、十分な時間をおいて、書き綴るというワトソンの書き方のスタイルからしてみれば、ブルドッグのことを書かなければいけない理由などない。

だから私は、ワトソンにはもともとある種の虚言癖があったと思うのだ。ワトソンは退役した後、ダウンタウンのストランド街の高級ホテルに長期滞在し、自分の収入以上の暮らしをしていた。彼には身内など一人もいなかったので、財政が破綻しかけたとき、やっと下宿探しを始めた。そこで出会ったのが、ホームズで、実はワトソンには安い下宿をなるべく早く見つける必要性があった。そしてホームズは若干奇人ではあるが、今すぐ入居可能な下宿を確保していた。実際、その次の日から二人は下宿を始める。だから実は、ワトソンには小さな嘘をついてでもホームズの機嫌をとって、早く下宿を見つけることに強いインセンティブがあった。だからホームズが、自分はこんなこんな悪癖があるけど大丈夫か、と聞いたとき、ワトソンは自分にも悪癖はあるので、気にしないで早く下宿に引っ越そうということを言う必要があったのだ。だから話の成り行き上、誰も傷つくことのない小さな嘘をひとつ、ワトソンはついた。


3. Sherlock Holmes-his limits #1
Howard Haycraftは推理小説評論の古典である「Murder for Pleasure(娯楽としての殺人)」で、民主主義の発展した国々でだけ推理小説は大衆に支持される、という仮説を打ち立てる。実際、罪を犯したものはそれが誰であろうと法の前で公平に裁かれるべきであるという民主主義者(この場合は、19世紀的Liberal Democrats)の登場が推理小説の登場と重なることは決して不思議なことではない。そしてその民主主義的な精神は、科学の精神にバックアップされていて、各種の人文学も科学的(反証可能性を持つ)方法論において再編されようとしていた時代だった。そして最初から科学的方法論、すなわち観察と分析の重要性を繰り返していう探偵シャーロック・ホームズおよびその後継者たちはまさしく科学と民主主義という新しき時代の申し子だったのだ。だから私たちがシャーロック・ホームズをかの時代の自由主義者であり、民主主義者であったと推論してもおかしくはない。なぜなら彼こそがヴィクトリア朝イギリスの自由民主主義者のシンボル的存在だからだ。

さて、なぜ私がこういう無茶な論をたてかというと、この文章がナポレオン的な誇大妄想を目指しているからでもあるが、もうひとつの理由は、ワトソンによって作られた「Sherlock Holmes-his limits(シャーロック・ホームズの限界)」という図表の間違いを立証する考えを見つけることが出来たからだ。「Sherlock Holmes-his limits」においてワトソンは、彼の新しい同居人をいろいろ観察してみたところ、「文学、哲学、天文学の知識なし…などなど」という結論をだす。しかしながらオックスフォードかケンブリッジのどちらかを出たといわれているシャーロック・ホームズが文学と哲学の知識に欠けるはずがない。当時のオックスフォードもケンブリッジも文学と哲学の素養なしで卒業することなど無理なカリキュラムを持っていた。日本語の本では、「インド植民地官僚」(本田毅彦)という本でそこらへんのことがうまく書かれている(48ページ)と思うのだが、「古典学」こそが当時のオックスブリッジ(Oxford+Cambridge)の花形科目であり、それを無視して卒業するのは至難の業だった。(これについて言及する人がいなかったので、自分でも自信がなくなるのだが、たしかそうだったはずだ)シャーロック・ホームズは「The Adventure of Three Students(三人の学生)」の冒頭において、ケンブリッジ(と思われる学校)に数週間滞在しながら、Early English charterの研究をしていた。いくらアマチュアでも、人文学の教養がない人物にどうして初期イギリスの憲章の研究ができるだろうか。そして「The Adventure of Three Students」には、(たぶん特定の専攻とは関係ないと思われる)奨学金を受け取るための試験の科目としてギリシア語がでる。これは必需科目であり、このことからもギリシア語を含める古典学の当時のオックスブリッジにおける重要性を理解することは出来るだろう。

新しく同居人になったホームズのことをよく知ろうとワトソンはいろんなことについてホームズに聞く。ワトソンがThomas Carlyleの文章を引用したとき、ホームズはCarlyleが誰かと無邪気に聞いたとワトソンは書き、おそらくそれがワトソンをしてホームズの文学の知識が足りないと思わせた理由だろう。たしかにCarlyleは19世紀のイギリスに住む常識的な中流階級ならほとんどの人がその名を知っていただろう有名な作家である。新聞を切り抜いて人名カードを作っていたホームズが彼の名を知らないということは、Moriatyの名前を忘れていたワトソンよりも健忘が激しいのではないのか疑われても仕方がない。Carlyleといえば友人のCharles Dickensと同じくらい有名だった人だ。だから多くのSherlockianたちがこの問題について悩み、ある人たちは「この物語の背景となる1881年はCarlyleが死んだ年で、ホームズは彼の死を悲しんであえて知らぬふりをした」などといった仮説を立てる。しかし私が思うに、ホームズはCarlyleが大嫌いだったのだ。Carlyleという人間を心の底から嫌っていたと私は思う。

若田部昌澄の「経済学者たちの闘い」は、経済史上のマイナーな人物たちと現在の日本の状況をうまく組み合わせた名著だが、その中でCarlyleについてのくだりがある。Carlyleこそが経済学を「陰鬱な科学(Dismal Science)」とよんだ最初の人物だということだが、その理由がなんともいえないのだ。若田部の本によると彼が経済学を人間味のない陰鬱なもの呼ばわりした理由は、経済学者たちが理性だけで行動する経済的人間なるものを想定し、奴隷制度に反対し、既存の「正しい階級秩序を前提とせず、市場の需要と供給によってものごとが決まるという経済学の原理そのものを彼が「陰鬱」とみなしていたからだった」(151ページ)という。Carlyleこそが奴隷制度支持の代表的な人物であり、経済学に代表される平等主義的で科学的な思考を退けようと努力し続けた人物だったのだ。実際、経済学者で自由主義者だったJohn Stuart Millは、Carlyleに反対した。だからこそ自由主義と民主主義の象徴のようなホームズは彼を嫌い、彼の名前を知っていることすら否定したがっていた。無論、後の彼ならばワトソン相手にそんな野暮なまねはしなかったのかもしれない。だけど彼らが知り合って間もないころのことだったのだ。

大体、Chapter5でダーウィンを引用したように、彼は同時代人たちをよく知っているのだ。


4. Sherlock Holmes-his limits #2
続いて、彼の「天文学」の知識を見てみよう。文学・哲学とは違い、ホームズが自然科学を知らなったといっても私は驚かない。ただ、「緋色の研究」においてワトソンがそれまでは天動説を信じていて、地動説を知らなかったホームズにそのことを教えてあげたとき、ホームズは忘れたいといった。その理由を尋ねるワトソンにホームズは人間の頭の中は引き出しのようになっていて、不要なものはちゃんと取り除いてやらないと記憶力がパンクするという旨のことを言っている。しかし残念ながら彼は自分の言ったことすら忘れてしまうかわいそうなやつだったのだ。

「The Adventure of Bruce-Partington Plans」においてホームズは兄のMycroftの訪問を星たちの動きに擬える。「Greek Interpreter」では、日蝕のときの傾斜について語る。無論、日蝕の傾斜について語れる人が地動説およびに天文学の基礎知識を知らなかったとは信じられない。無論、彼自身がワトソンに言ったことを覚えていて、ワトソンが本に書いたことを覚えていたら、事件解決に関係のない上記二つの会話でヘボなことをするわけがない。だけど彼は自分で言ったことも忘れてたので自分の「天文学に無知」なキャラクター設定を忘れて、つい口を滑らせてしまったのである。

だから私たちは二つのことを知ることになる。ホームズは別に自分で言ったこと(必要ないのはすべて忘れることができる)が全部できる超人ではないこと、そしてホームズは案外面白いやつかもしれない、ということだ。無論、ホームズがワトソンと出会う前の話である「The Mugrave Ritual」で、「天文学者たちのいう個人的差異」という表現を使う、けどこれも実はホームズがワトソンに昔の事件を語るという体制をとってるから、ホームズが昔から天文学に通じていたということにはならない。残念、だけどホームズが忘れん坊であることの証明にはなる。なんといってもワトソン相手に天文学の知識を開かしているのはいくらなんでもダメだろう。過たぬものなどこの世にはいないということで、勘弁してあげるつもりですけどね。



5. Whether the "Study" means "Study" or "Study"
A Study of Scarletの日本語版の題名には大きくいって二つの派閥がある、らしい。「緋色の研究」派と、「緋色の習作」派の二つ。私は無論、「書斎」派なのだが、自説の説得力のなさは知っているので、あえて上記の二つから選ぶとすれば「研究」のほうを選ぶと思う、というか、「A Study of Scarlet」がなぜ「緋色の習作」になるのかが理解できない。両方の題名に「緋色」は共通していて、これは「Scarlet」の訳語なのだが、問題になるのは「Study」のほうである。これを「研究」と解釈するか「習作」と解釈するかで違いが出るのだが、だったら、なぜこの作品が「緋色の」Studyという題名を持つことになったのか考えてみよう。最後の章においてホームズは、事件解決の功をすべて警察のものとする新聞記事を読んだ後に、「That's the result of all our Study in Scarlet」(これこそが私たちの緋色の研究・習作」の結果です)という。これだけでは、ホームズ・ワトソン組の初めての冒険を習作と呼んでいると解釈することが出来る。そして「I might not have gone but for you, and so have missed the finest study I ever came across: a study in scarlet, eh? Why shouldn't we use a little art jargon.」というくだりの「art jargon」を美術用語といい「習作」派は自説を強調するが、しかしながらart jargonならちょっと芸術っぽい言葉使いと解釈してもおかしくはない。むしろ、finest studyをmissしたかもしれないという表現のほうが重要なのだ。チャンスを逃して研究をすることが出来なかったことをmissというのはわかるが、美術的な習作をmissするというのは感覚的におかしい。(私だってNativeではないけどね…)ホームズが科学的探偵法なるものを著したことを物語の序盤で提示されたので、習作よりも研究のほうが近いのではないだろうか、と私は思う。ちなみに「緋色(朱の)エチュード」という説もあるが、エチュードならStudyなどと書かずに素直にエチュードと書くのが普通です。


6。ワトソンはいつ亡くなったのか
ワトソンは間違いをいっぱい犯した。彼は数人もの嫁を娶ったか、もしくは彼女らのうちの数人の名前をちゃんと覚えていなかった。いつも日にちについて間違った記録をした。科学的な推理の真髄を見せることよりも、些細か興味本位の事件ばかり書いてホームズにしかられたりした。しかし、彼はいいやつだった。だから私は、こう思うことにした。アーサー・コナン・ドイルは、ジョン・H・ワトソン医学博士の死を無視した。ワトソンは序盤に死んでいるのに、文芸エージェントのアーサー・コナン・ドイルはその死をなかったことのようにして、自分でホームズ物語を書くことになった、と。多分、アフガニスタンでの負傷のせいでワトソンは死んでしまったのだろう、それがいつかはわからないが、「The Final Problem(最後の事件)」の前後だったのかもしれない。だから「最後の事件」はホームズの死として書かれているけど、実際はワトソンの死で、もしかしたらホームズもそのごろから失踪していたかもしれない。実際、「空白の3年間」を経て「The Adventure of The Empty House(空家の冒険)」で復活した後のホームズは以前とかなり変わった人物として描写されているので、実はMoriaty教授がホームズに成りすましているという説まであるのだ。だけど渡しは、「The Final Problem」が書かれる前にワトソンが死んで、ドイルは自分でホームズの記録役になろうとするがホームズはそれを拒否し、引退したか肖像権を主張し、ドイルの野望を一端砕かした。だけどホームズは海外へ長期間の旅に出て、ドイルは勝手に「The Final Problem」を発表し、ホームズを死んだものとする。だけど旅行から帰ってきたホームズは、実在の自分が生きているのに人々は自分が死んだと思い込んでいることに驚き、自分が生き返った物語を書くのに協力する、といったふざけた妄想をするのがSherlockianなんだろう。

「If there is any thing pleasant in life, it is doing what we aren't menat to do. If there is anything pleasant in criticism , it is finding out what we aren't meant to find out」(人生に楽しみなるものがあるのなら、予測しなかったことをするということだろう。もし批評というものに楽しみが存在するのなら、たぶん誰も妄想できなかったことを思い付くことくらいだろう)とかの高名なSherlockianであるKnox神父も言っている。私はそういったなんでも自由にできるLegoみたいな稚気あふれる自由さがすきなのだ。GNUの精神よりも、アメリカ憲法修正2条の精神よりも、多分私の打ち出すことのできるいかなるテーゼ(行動綱領)よりも。そして輝かしいときを知らず、僕は黙ることすら覚えることなく、ただ過ぎ行く奇跡を逃し、立ち尽くし、玩ぶ。
posted by 白紙状態 at 11:48| Comment(3) | TrackBack(0) | Mutter in the Reading Room | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月21日

ノーベル文学賞と韓国

ある意味、秋の風物詩だと言ってもいいだろう。韓国では毎年のように、今年のノーベル文学賞は韓国の誰々が有力だという記事が新聞紙面を躍らせて、受賞者が決定された後は、それこそ毎年のように韓国人が受賞できなかった社説やコラムなどで理由を並べ立てることで終わる。

韓国文学の翻訳者と翻訳された韓国文学の数が少なすぎる、スウェーデンと韓国の文化が違う、韓国の国力が足りない、韓国の読書人口が足りない、東アジアでは日本と中国の存在感が大きいなどといった一通りの理由が毎年、各新聞に載り、その次の年もそのまた次の年も同じことが繰り返される。

今まで韓国で上げられたノーベル文学賞候補は金芝河と高銀二人あるとされている。されているというのは、実はノーベル賞候補のリストなど外部に流出するわけがないし、ロイヤルアカデミーも沈黙を守るからで、今年は誰々が有力だという事前情報は、ほとんどがガセだといってもいい。毎年同じ推薦者に推されているBob Dylanみたいな例外を除いて、誰が文学賞の候補だなどわかるはずがない。物理学や経済学とは違い、誰でも認める客観的にすごい発見などない文学賞の予想なんてできるわけがないはずだが、人間というものは忘れっぽいのだろう。

そういえば、毎年のように、川端と大江という二人の日本人受賞者が言及され、日本にライバル心を燃やすのも毎年のことだ。そういうことならアメリカあたりをライバル視するのがよっぽどストレッチができると思うのだが、人間の心というのはどうもそうはできていないらしい。

金芝河と高銀という二人の詩人が韓国を代表する二人の文学者とされているのは、結局のところ、彼らが民主化という政治的なバックグラウンドを持っているからである。反独裁を叫び投獄されたから、ほかの誰でもなく金芝河と高銀だという。高銀の小説「華厳経」などはすばらしいと思うのだが、詩というものがあまり好きではない私としては、別の人を推したい。だが、それはまた別の機会に書くことにする。

正直、他人事のようにいうのを許されるのなら、そんなに欲しかっとたら、新聞社などで基金を作り、韓国文学を翻訳して、世界中の図書館に無料で配布すればいいし、韓国学の教授や講師を頻繁に韓国に招けばいいと私は思う。だが、毎年繰り返されるのを見ると文句をいうのが楽しいのだろう、きっと。

海外から見る韓国文学は日本や中国を差し置いて西洋人の東洋趣味を満足させるほどの珍しさがあるわけでもなく(谷崎潤一郎・川端康成)、翻訳の過程で本質がちょっとくらい変わっても楽しめるほどの大叙事を持っているわけでもなく、地域性を越えた同時代性(村上春樹)を持っているわけでもない。
posted by 白紙状態 at 05:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍関連情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月12日

はじめに

当ブログ始めるに至り、そのコンテンツの内容を理解するために必要だと思われる各種の情報-ブログの作者の身の上、ブログの目的および運用方式など-を簡略に述べたいと思う。

私こと白紙状態(はくしじょうたい)は、ただいま、アメリカ中部のある州立大学に在籍中の卒業を目前にした学生で、日本語を外国語として学んでいる。本ブログはいまだ処分できずにアパートに残っている本のリストおよびその感想・概要作成のために立ち上げられた。簡単に言ってしまえば、積読状態の本を処分する口実を設けるために作られた書評専門ブログだといえる。そのほかの日常の徒然や各種ニュースなどについては、このブログの本館ともいえる白紙状態において綴られているので、興味のある方はそっちのほうも訪問していただきたい。

本ブログにおいて主に扱われるジャンルは、私の好みであるミステリーやSFなどの大衆小説だったり、経済や経営などの実用書だったり、また歴史や哲学のような人文学系だったりする。しかしながら本ブログの使用言語が日本語であることや、私が日本語を学ぶ立場にあることなどからして、できるだけ日本語の本を取り扱う予定であり、別段の断りがない場合、底本は日本語版である。

私は、本を読むとき、あまりひとつのジャンル意識や批評理論などにとらわれたりしないのを清きことと考える。しかしながら視点という基盤を持たない論を立てることは至難であり、ただ私にできることは既定の読み方にあえて囚われ物事を考え記すことにだと思っている。だから本ブログにおいて特定の理論や主義に基づく論は、あくまでもその場限りのものであり、数回繰り返されることがあっても、それが私の持論だと即断することは避けていただきたい。

しかしながら、アパートに積まれた本だけを扱うのも芸がないものだと思われる。だから積まれた本以外にも、別枠として先のエントリーで論じられた書物から連想される主題を持った書物を連鎖的に紹介するというある意味連想ゲーム的な手法を用いたいと思う。本棚からのセレクトは「Mutter in the Reading Room」(読書室での嘯き)というカテゴリで、連想によるセレクトは「Czytelnik」(読書人)というカテゴリでそれぞれ展開されることになるだろう。

ちなみに「茜色の書斎」という名前は、はアーサー・コナン・ドイル「A Study in Scarlet」からの引用である。「A Study in Scarlet」の訳語として「緋色の研究」や「緋色の習作」なるタイトルが挙げられているが、私の場合はScarlet=茜色、Study=書斎と解釈した。Scarletも緋色も鮮明な赤で、鈍い赤である茜とは似て異なるものだが、それは許容範囲とみなしていただきたい。

そして最後に付言したいのは、本ブログはあくまでも長年日本語を学んだ、一外国人の手慰みモノとして読まれるべきだということである。では、本ブログがその目的を果たし、私と訪問者たちの人生に一抹の有益さをもたらすことを願いたい。最初の一冊は、このブログのタイトルの元ネタであるSir Arthur Conan Dolyeの「A Study in Scarlet」になる予定である。是非、ご清読あれ。

posted by 白紙状態 at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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